食の歴史その4~寿司の歴史~

21 6月

こんばんは。今日も皆さんの暇つぶしにコラムを書いてみました。
携帯やスマホで見ている人もいるかと考え、あえて画像はつけていません。

日本における「酸し(すし)」「熟すし(なれすじ)」の歴史は長く。塩漬けにした魚を米に漬け込んで発酵させた保存食として発展したすしは東南アジアから稲作とともに日本に伝わったとされています。

それらは酢を使わない熟すしと呼ばれる古いもので、今もその名残が琵琶湖名物の鮒(ふな)寿司に残しています。

だが、この方法では発酵などで半年はかかるため、より手っ取り早くより美味しく食べたい需要が高まり。酢の醸造技術が発展した江戸時代は1700年頃までに酢を使った人工ずしが発案されました。

酢を使った人工ずしは「押しずし」「一夜漬けずし」などと呼ばれ。その後、大阪では箱ずしと呼ばれる押しずしが、江戸では散らし寿司が相次いで生まれ、庶民の人気となりました。

しかし、現在は寿司と言えば日本でも外国でも。板前さんが酢飯の上にネタを載せて握って出す江戸前寿司とも握り寿司とも言われる物ですが。

短気でせっかちな江戸っ子を魅了したこの即席すしの原型を作ったのは1825年ころに華屋与兵衛(はなやよへい)が江戸は両国に店を構えて「与兵衛すし」として出したのが始まりと言われています。

これが珍しいものや目新しいものが好きな江戸っ子に大人気となり。行列も出来て。
「こみあいて、待ちくたびれる与兵衛ずし、客ももろ手を握りたりけり」
と狂歌が残るほどの大人気でした。

華屋与兵衛の考案した握り寿司は市民権を得ましたが。それが稲荷ずしや散らし寿司をおしのけ、都市部で主流になったのは第2次世界大戦後からとなります。

地方でも食べられるようになったのは魚介類が地方にも流通したのと、冷蔵庫の普及により1970年代からとなります。

ですので、寿司がどこでも食べられるようになったのはつい最近の出来事だったりします。

ここでコラムは終わりですが。いい暇つぶしになったでしょうか?

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