食の歴史その9~ヨーロッパ人は水を飲まない?~

21 6月

こんばんは。今日も皆さんの暇つぶしになればと思ってコラムを書いてみました。
携帯やスマホで見る人もいるだろうと考え、あえて画像は載せてません。

日本でコーヒーでも飲もうかと思って喫茶店に入るとまず水が出てきて注文を取りにくる。
あるいはセルフサービスで水が飲み放題などなどありますが。これは世界中でも珍しいものなのだそうです。

世界中で水を良く飲むのは日本人とアメリカ人と相場が決まっているようです。

それ以外では局地的ですが、クリームをたっぷりのせたウィンナーコーヒー発祥の地ウィーンとその周辺でもアルプス山脈から引いてきたと言われる水がコーヒーとともに運ばれてきます。

ヨーロッパではアルプス山脈のあるスイスから北や東などは特に水に無関心でして。その要因としては汗をあまりかかない気候なのと昔から硬水の水が薬用としてしか飲む習慣がない事などもありますが。ヨーロッパ人が水を飲まないのにはちゃんと歴史があります。

ヨーロッパで水が安全に飲めるようになったのはたかだか100年前の事にすぎず。清らかな水がふんだんに湧き、そして流れてくる国土に住む日本人からすれば別世界でした。

クリスチャンに聞くと、聖書に「水を飲む」という言葉は全くないと聞きましたし。古代ギリシャの古典にも水を飲む記述はほとんど出てきません。

ただ、特別の例外が二つほどあり。2400年ほど前に西洋医学の原点となる医学書を作り、今でも医科大学で医者などを志す学生は「ヒポクラテスの誓い」をするなど影響を残しているヒポクラテスの著書に。
「泉から湧き出る水、深く掘った井戸水、貯めた雨水は飲んでも大丈夫」
と書いた事が例外の一つ。

もう一つの例外は古代ローマ帝国の上水道でした。
ローマの公衆トイレは公衆浴場で使ったあとの水を使って流す水洗トイレだったりと下水のほうも発達していました。
それでもローマで生水を飲むという習慣はあまり無かったようです。

こうした例外を除くと生水が飲めず、ビールかワインがずっと水の代わりだったヨーロッパ人が水を飲んだのは1600年代にコーヒーや紅茶が伝わって。水を沸かせば飲める事に気づいてからとなります。

中国はヨーロッパ人より1000年以上前から沸かして飲んでいたので、流石は茶と紅茶のルーツとなった国らしいと言えるでしょう。

1800年代になってもヨーロッパの町や大都会は不潔で、イギリスではテムズ川があまりにも悪臭を漂わせるのでテムズ川沿いにあった議会が閉会された事もありました。

ドイツの言語学者フランツ・ボップが1812年、パリに留学した時は6階の屋根裏部屋で寝泊りし、水の代わりになっていた安物のワインさえ買う金も無いので木炭でろ過した生水を飲んだ事が苦学生の苦労話として残っていたりもします。

都会は不潔で安全な水が確保できない状態が100年前までと書きましたが、一方ドイツやスイスの田舎へ行ってみると。ひなびた町や村の中心にミネラルウォーターが湧いており。古くから住民たちの集いの場でもありました。

こうしたひなびた町や村の中心で湧いているミネラルウォーターが今ではペットボトルに詰め込まれて商品となっています。

こんな安全な水が飲めるようになるのに百年の歴史しかないヨーロッパで働いた事がある武田薬品工業の内林政夫さんの話では。ドイツ北部に駐在して職場を観察しますと。朝から昼までトイレに立つ人がいない。午後も5時まで動かない。そんなわけで、トイレは主に日本人専用になっているとのこと。

他にも内林さんが言うには。ヨーロッパで他所の会社の人たちと会議するとき、日本人は昼食前に1度はトイレで席を立つ。昼まで待たずにトイレで席を立つと話の腰を折ってしまうので。朝は紅茶一杯だけにして午前中は一切水分を取らないよう努めたそうです。

内林さんは仕事場だけでなく、生活にまつわる話も残しており。ドイツはカルシウム、マグネシウムが沢山含まれている硬水なので石鹸が泡立たず、やかんを沸かすとやかんの口に白い固形物がすぐにつく。そればかりか水滴がついたままのグラスが乾くと白い斑点が残る。ウィスキーの水割りでも白い沈殿物が出来る。ドイツ人にこれらの話をすると決まって「ここはドイツですよ」と返されたと述べております。

この鉱物が沢山含まれた水を飲んだりして長年体に入れていると、涙腺が詰まってしまい。涙腺に溜まったカルシウムやマグネシムを取り除く手術をスイスやドイツで行われる事がしばしばあるそうです。

それに比べて日本は軟水の質の高さと清潔さでは天国のようなもので。720年に書かれた日本書紀にも清らかな湧き水「好井(しみず)」が現れます。

日本は世界に比べ、年間を通じて降水量が多く。雨季に降った水が山野に蓄えられ地下水となって列島をくまなく潤し。

また、湧き水は清らかな流れを作り、大きな河川となって日本人の生活を支えてきました。雨による浄化作用で江戸時代に世界一の大都市だった江戸も不潔なヨーロッパと別世界でした。

水をテーマに思いついた事を書いてきましたが、しめくくりに水と歴史のエピソードを一つ。

日露戦争の日本海海戦での勝利を祝って東郷平八郎司令長官を主賓とする晩餐会が開かれ。たまたま来日中のアメリカの政治家ウィリアム・ジェニングスも招待されて出席しました。

しかし、ジェニングスは禁酒活動家で、乾杯の時もシャンパングラスを伏せて、水で乾杯しました。

そのあとスピーチで言うには、

「閣下、わたくしは禁酒家でありますので。ご健康を祝うために水で乾杯しましたところ、お国の風習では祝いの席に水は禁物と聞いてあります。ですが、閣下は水の上で大勝利を収められました。もしも、今後シャンパンの上で大勝利をなされたら。わたくしもシャンパンで乾杯いたすでありましょう」

とスピーチしたところ拍手喝采であったと言います。

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