食の歴史その44~古代ローマの夜とディナーに招かれるまで~

12 9月

こんにちは。今日も皆さんの暇つぶしになればと願ってコラムを書いて見ました。

今回もビジュアルで分かりやすくするよう画像を多用する予定です。

古代ローマでは庶民も貴族も日の出に起きて日没には家に帰って横になるのが普通でした。

古代ローマ時代にもタイマツやランプなどがあり、その明かりで夜のローマを出かける事も可能でしたが、警察組織が無い時代のローマの夜はスリ、強盗、殺人が横行していたので護衛もつかずに無事帰れたら神に感謝するほどでした。

他にも夜の街では東京23区の5倍人口密度で、7階建ての高層アパートがひしめいており。そこにはトイレも無ければ、ごみ収集もないので、窓から食い残し、糞尿、ゴミが何の掛け声も無く降って来たので、何か特別な用事がない限り、犯罪がなくとも古代ローマの夜道を歩き回らないのが当たり前でした。

古代ローマには現代の横断歩道もあり、人と馬車、大八車の交通を区別していましたが、夜になるとローマが征服したヨーロッパほぼ全土とエジプト、北アフリカ、中東から運ばれた産物などを運ぶべく一晩中狭くデコボコした道を車両が通行するため、その騒音で高層アパートに住む住民は慢性的な睡眠不足だったと言われています。

ジュリアス・シーザー

ジュリアス・シーザー

夜に車両が行きかう背景にはジュリアス・シーザーなどの政治家が交通渋滞を解消するべく。荷馬車、大八車が日中のローマ市内に入る事を禁止したため、日没から夜明けまでに荷物を運び終えて車両を市外に出さなければいけなくなった事情などもありました。

これを風刺詩人のユウェナリスは「ひどい騒ぎだローマの夜は、貧乏人を安眠させない」と風刺しています。

そうした事情から「ケーナ」と言われるディナーは貴族も庶民も夕方4時か5時に行い。暗くなったら早々に帰ったりしました。

このケーナというディナーは貴族や金持ちが主催し、庶民も招待され。招待された庶民はディナーに出た料理を包んで家族のために持ち帰ったりする場合もあれば、特定の記念日に庶民たちが集まり、仲間同士でつつましく行うものと大体2種類ありました。

庶民が集まってつつましく行うディナーと違い。貴族、金持ちのディナーには面倒なマナーや習慣がありました。

まず、ディナーを主催する場合。召使を客の一人一人に差し向け、家から家へと訪れては優雅かつ丁寧な物腰でディナーの日取りと正確な時間、集まってくる客の数、相席する客の名前も知らせ了解を取る事から始まります。

召使は口頭で伝えるだけでなく、招待状を手渡す時もあり。具体的な招待状が『マルティリアス詩集』に載ってあるので一部抜粋しますと。

ローマの詩人マルティリアス

ローマの詩人マルティリアス

「ユリウス・ケリアリス君、私の家で素晴らしい晩飯が食べられるぞ。もっとよい先約がなければ是非うちに来て欲しい。午後3時ならどうだろう?まず一緒に風呂へ行こう。近所に浴場があるのは君もよく知っているはず。

料理の最初はお通じを良くするレタスとニラのみじん切り。シラスよりちょっと大きめなマグロの稚魚の塩漬けには香りのいいハーブをあしらって卵とじにするつもりだよ。程よく茹で上がったゆで卵もきっと出す。上等のチーズにオリーブ。前菜はこんなところ。

何、次に出す料理を教えろ?

では君を逃がさないために大嘘を書くぞ。

魚にカキに牝豚の乳房、それによく肥えたニワトリ、アヒル、沼の野鳥を色々。

あのグルメのステラさんだってめったに出さない珍味ばかりだ。

そうそう肝心な事を約束する。

僕は君に何も朗読しないから安心したまえ。君が苦心して作った長編などを読み上げるのはOKだよ。」

と、古代ローマ人はこんな感じの招待状を書いていたようです。

さて、人気者は複数のディナーに招待されたりするので、ディナーに出ると約束しておきながら、他のもっと豪華で肩肘張らない別のディナーに出る者もよくいまして。博物学者のプリニウスが出席すると約束しておきながらドタキャンしてよそのディナーに出た客に書いた怒りの手紙を書き残しています。

その手紙を一部抜粋しますと。

博物学者プリニウス

博物学者プリニウス

「おい君、晩飯に来ると約束しておいて、何で来てくれなかったんだ。裁判所に訴えるぞ。賠償金をたっぷり取られても知らないよ。

うちのコックたちが用意していたのはレタス1個、カタツムリ3匹、卵2個、大麦のポタージュ。それに雪で冷やした蜂蜜酒つきだ。

オリーブ、キュウリ、玉ねぎ、その他たくさんあるけど、けっして安くない。

それに芝居、講談、歌、どれか一つを聴けた。出来る限りのサービスをさせてもらえば3つ一緒に聞かせることだってできたんだ。

それなのに、君は誰か知らないが、カキ、牝豚の乳房、ウニ、スペインのダンサーを出してくれる人の方を選んだ。

高くつくぞ、はっきりいくらとは言わないが。薄情な事をしてくれたもんだ。

われわれは存分に遊び、談笑して豆知識を耳に入れる事も出来たのだよ。

なるほど君は方々で、もっと豪華な晩飯にありつけるかも知れない。

しかしだ、僕のところほど陽気に、のびのびと、ひとの口など気にせずに済むところは決してない。

論より証拠だ、実験してみたまえ。

そのあとで、どうしてもよその招待を断る口実が見つからないのなら、僕のところはいつでも構わない、断ってくれたまえ。」

この怒りの文章はプリニウスが書いた他の文書とまったく調子が違うので、プリニウスが社会風刺のつもりで創作した文書だろうと言われております。

カティリナ(右端)を追及するキケロ(左側手前)

カティリナ(右端)を追及するキケロ(左側手前)

あと、補足しますと。古代ローマは現代のアメリカのような訴訟大国で。記録に残っている訴訟を列挙しますと。

・乗船中に女性が産気づき、子供が生まれた。そのため、その子供の船代が欲しいと船のオーナーが訴えた。

・逮捕を免れた泥棒が店に逃げ込んだところ、番犬に手を噛まれた。泥棒は、飼い主への怠慢によるものと訴えた。

・蛇使いの芸人が見物料を払わなかった見物人をヘビで脅したのは罰にあたるかどうか。

などなど下らない事まで裁判になっていたので、プリニウスが手紙に「訴えてやる」と書いているのは日常茶飯事のありきたりな書き出しだったのかも知れません。

以上でコラムは終わりますが。次は「ケーナ」と言われるディナー本番について触れてみたいと思います。

皆さんいい暇つぶしになったでしょうか?

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