アーカイブ | 箸 RSS feed for this section

世界の食文化その2~箸を使う国々のユニークな食作法~

5 8月

おはようございます。今日も皆さんの暇つぶしになればと願ってコラムを書いて見ました。

今回も画像をつけて説明していきたいと思います。

古来、朝鮮半島では、中国から伝わった儒教の考えが深く根付いていて、なかでも最も重視されているのが「長幼有序(チャンスユソ)」、つまり年下は目上の人を敬わなければならないという年功序列の考え方が徹底し。それは食事作法の中にも連綿と受け継がれています。

たとえば、食事はその家の最年長者が箸(はし)をつけてからはじめるのがマナーである、たとえ客人であろうと年長者が一口食べて「どうぞ」とすすめるまではお預けとなります。

また、目上の人の食事が終わっていなければ、勝手に食事の席を立つことは許されないし、客人より先に食事を終えてしまうのもマナーに反します。

酒は左手を右ひじにかけ、右手で注ぐのが一般的ですが、ここでも目上の人にすすめられた場合のみ頂くのが礼儀と、食作法はけっこう細かくてうるさいものとなっています。

しかし、最近では日本と同じように洋風の生活様式の定着や核家族化現象などによって、年長を敬う習慣も薄れてきたと嘆く声もしばしばあります。

伝統的な食事作法では、おのおのが自分の膳を持って静かに食べるのが礼儀にかなった習わしとされてきましたが、これも最近では大きな卓を囲んでワイワイ話しながら食事する事が一般化していると言われています。

一方、中国では客が最後に一口残すのが招かれた側のマナーとされ。

これは、「十分満足しました。ありあまるほどたくさんの料理をありがとう」という意味があります。

ところが食器が大振りな上に食卓に食べきれないくらいの量の料理を並べる朝鮮半島のもてなし方には「お代わり」という言葉はとくにありません。

椀のたぐいの食器は原則として金属製で大きくて重いため、日本のように手で持ち上げるようなことは絶対にしないし、そうすること自体が極めて行儀の悪い事と考えられています。

朝鮮半島の食卓には、「スッカラク」という柄の長いサジと「チョッカラク」という金属製の箸が必ずセットで並ばれます。

汁物とご飯はサジですくって食べ、箸はキムチなどのおかずをつまむときにだけ使用します。

これは中国で2000年ほど前にあった漢王朝時代の食事作法である「匙主箸従(しちょうちょじゅう)」がいまも朝鮮半島における基本的な食事作法となっているものです。

また、酒や飲み物以外で食器類にじかに口を付けることも、すこぶるはしたないマナー違反で、箸とサジを一緒につかむことも礼に反する行為だとされます。

サジは食事を続けているときは食器にかけておき、これを離して食卓に置くと食事が終了した事を意味します。

日中戦争当事に中国側がスパイの素性を調べる際、箸とサジで食事させたという逸話がどこまで本当の話かはさておき、有名な話だったりします。

具体的にどう見分けるかといいますと。サジを使わず食器を手に持って箸で飯をかきこみ、食穂は端を食器の上にのせるのが日本人、逆に食器を卓に置いたまま箸とサジを使い分けながら食事をとり、食後は卓の上に箸とサジをじかに置くのが朝鮮人と見分けたという話です。

なお、汁物は箸のほうが食べやすいのではと日本人なら思われるようですが、朝鮮半島の汁椀には具が沢山入っており、汁と具をともにすくいながら、すすり味わうにはサジのほうが扱いやすく。

また、箸で食べると汁と一緒に幸運も逃げてしまうといって縁起の悪いこととされています。

汁物の中に飯を入れるカルビタン

汁物の中に飯を入れるカルビタン

朝鮮半島ではカルビタンなどの汁物のなかに飯を入れるぶっかけ飯があります。

これは日本では「猫まんま」といって不作法とされる食べ方の一つですが、朝鮮半島では中国の影響によるもので一向にかまわないようです。

ただ、例えば日本の牛丼のように飯に汁をかけるのと逆に、通常は汁の入った器に飯を入れます。

 

スーパーカップ もやしみそラーメン

スーパーカップ もやしみそラーメン

話が逸れますが、北朝鮮で金正日の料理人をやっていた藤本健二がテレビで語っていた話によりますと、北朝鮮ではスーパーカップのカップラーメンが兵士に褒美として与えられ、兵士は麺を食べた後のスープにご飯を入れて食べたとありますが、これも朝鮮半島の伝統的な食べ方に沿ったものなのかも知れません。

韓国風混ぜご飯ビビンパブ

韓国風混ぜご飯ビビンパブ

一方、韓国風まぜご飯のビビンパブに代表されるような丼ものは、とにかく上から下まで徹底的にかき混ぜて、その結果、料理の素材がなんであったか分からなくなってしまう事が多いです。

日本では卵かけご飯や納豆はともかく、このように料理をかき混ぜるやり方は行儀がよくないと考えられていますが、朝鮮半島ではまったく問題ありません。

かえって徹底的にかき混ぜる事によって、独自の風味や香りが増すと受け止められています。

このほかでは、床暖房施設のオンドル式部屋で食事をとるため、客人の前で片ひざ立ててたり、あぐらをかいて食べても無礼になりません。

というよりもこれこそが、朝鮮半島における「正座」にあたります。ひざを折って座る日本式の正座は、恭順(きょうじゅん)の意を表すときの座り方で、上司や年長者など目上の人の前に出た時のみ行う座り方です。

しかし、それも「楽にしなさい」の一言ですぐにあぐらをかくのが普通となっています。

また、最近では洋風のテーブルに座る事が多く、若い人の間では少なくなってきているとはいえ、女性は片ひざ立ちして食事を取るのが正式な礼儀作法とされています。

朝鮮半島の挨拶としては「アンニョンハシムニカ(安寧でいらっしゃいますかの意)」が有名ですが、これは1960年代に一般化したあらたまった用語で、長い間「食事は済みましたか?」が挨拶言葉でありました。

これは食事をわかちあう仲間意識と、食に対するこまやかな価値観が生んだ言葉といってよいでしょう。

様々な食事作法の違いの背景には、多種多様な料理の存在、ひいては料理を盛る食器の素材の違いも影響しているかも知れません。
下にある素材別の分布図は1400年代末期のものですが、おおむね地図のようになっています。

 

食器の素材(1400年代末期)

食器の素材(1400年代末期)

以上でコラムは終了ですが、皆さんいい暇つぶしになったでしょうか?

広告

食の歴史その34~箸の文化と作法~

27 7月

おはようございます。今日も皆さんの暇つぶしになればと願って、コラムを書いて見ました。

日本における食生活の基本はお箸です。最近は正しく使う人が少なくなった、という声をご老人から、しばしば聞くのも、箸は物を食べる単なる道具ではなく、民族がはぐくんできた文化という思いがあるのだと考えられます。

その背景には箸を使う食べ方が、手で食べる方法を別にすれば最も古い食器を使った作法なのだという事もあります。

箸のルーツは中国でして、およそ3400年前の殷王朝の都から、多くの出土品の中に世界最古の青銅で出来た箸が発掘されていますが、それは日常の食生活に使用したものではなく、祖先に供え物をするための儀式的な道具だったと推測されています。

箸が生まれた背景には、衛生面や熱い料理を取りづらいという問題がありました。

他にも、来客や目上の人とともに食事をする際、手掴みだと飯を丸めてしまい、どうしても多めに取ってしまう傾向があり、すると食をめぐる醜い争いという印象を与えるために、1度に多く取れない食器が必要であった、という内容が孔子の教えを伝える儒教の経典『礼記』に書かれています。

いかにも礼儀を重んじる儒教の国らしい発想です。

ともあれ箸は、長い間王侯貴族の宴席に限って使われていましたが、ようやく大衆のものとなったのは2100年ほど前の漢王朝の時代となります。

先の『礼記』には「おかずは箸、飯はサジを使うこと。具の無い吸い物も箸を使わない」と当事の箸使いのマナーが説明されています。

つまり、箸はサジの添え物的な存在で、漢王朝の時代から700年ほど経った唐王朝の時代でもサジと箸の半々で使われていました。

箸が必須の食器となるのは、麺類が庶民の食べ物として人気を呼ぶようになった1000年ほど前の宋王朝の時代以降となります。

説明するまでもありませんが、麺類を食べるときはサジより箸の方がもっと扱いやすく。この風潮が箸文化を大きく後押しし、更には中国の歴史で初めて中国南部を拠点にして、およそ700年前に天下統一した明王朝の時代になりますと、中国南部に流れる長江周辺の粘り気のある米飯は箸にもってこいの食器で、ここにきて箸が主役になっていきます。

わが国の箸文化の始まりについては諸説ありますが、一般には西暦607年に小野妹子(おののいもこ)が隋から持ち帰ったとされ、聖徳太子が朝廷の儀式に初めて採用したと伝えられています。

それ以前は手掴みだったのは言うまでもありません。

箸文化は世界的に見ると、東アジアとベトナムに見られる局地的な食事の作法です。

しかし、同じ箸文化でも色々と違いがあります。

たとえば、中国や朝鮮半島の端は長くてずんどう形でで、先は丸くて尖っていないのが特徴で、日本人には少々扱いづらいものとなっています。

材質も中国は竹か象牙で出来た箸で、朝鮮半島は基本的に金属製の箸です。

先端が丸いのは、凶器として使わせないための配慮だったと言われています。

大皿などに盛られている料理を自分の箸で取る「直(じか)ばし」は、日本ではすき焼きなどの一部を除くと不作法とされているが、中国・朝鮮ではすべて直ばしで逆に「取りばし」というものがありません。

これは食器に対する個人所有の概念が無く、家族を単位とする平等性、共有性といった大家族制な考えから生まれたものらしいです。

日本では図のように箸は横向きに並べるのが礼儀ですが、中国・朝鮮では縦に並べるのが常識になっています。

かつては、目上の人より先に食べ終わったときに謙遜の意を表すため、本家の中国でも横向きに置くのが常識でしたが、宋の時代からモンゴル帝国の中国征服によって生まれた元王朝へと支配者が移り変わっていくと同時に箸の置き方も縦向きに変わっていきます。

その最大の原因は北方の騎馬民族をはじめとする異民族の侵入によって、肉食を中心とした食事へと変わっていったことにあります。

肉食中心の食事に使うナイフはうっかりすると怪我をしかねない、そこで自然とナイフの先を反対側に向けるように縦に置いたマナーがやがて作法として定着してしまったと思われます。

箸の先が丸いのも同じ理由だとされています。

これらは、西洋のフォークやナイフを使う食事マナーと共通する点でもあります。

さらに付け加えますと、中国・朝鮮は必ずしも箸が食器の主役ではありません。

中国ではスプーン状もチリレンゲ、朝鮮半島ではサジをあわせて使用し、箸はおかずをつかむ補助的な食器です。

ですので、箸だけで事足りる日本こそ純粋な箸文化の国と言えるかも知れません。

その日本の伝統的な和食は箸にはじまって箸に終わるといわれるほどです。

日本人の箸に対するマナーは、箸文化圏の中でもっともうるさい国だと思われます。

たとえば、箸袋ひとつ挙げても、まず右手で取り上げ、左手を添えつつ右手で袋から引き出して箸置きに置きます。

その後も箸を取ったり置いたりするたびに、必ず左手を添えるのが基本といったように、正式には細かな作法があります。

現在は多くの人がこのような細かな作法にとらわれていませんが、それでもこれほど箸の扱いにうるさい国は、中国・朝鮮でさえ見られません。

日本人の箸のこだわりは、直ばし、取りばしの区別は言うに及ばず、利休箸、元禄箸、柳箸、天削(てんそげ)箸など形状によるもの、菜(さい)箸、割り箸、塗り箸など用途によるもの、さらに男女別箸、子供用箸といった区別があったりと、実に多種多様にわたっていることからも理解できます。

また、箸への作法はその持ち方にまで及びまして。「箸の上げ下げまで・・・・・・・」という慣用句があるほどですので、当然作法に反した「べからず」スタイルが生まれました。

器の中の料理を箸で探りを入れる「さぐり箸」、料理にあれこれ端を向ける「迷い箸」、椀の上に箸をかけ渡す「渡し箸」などですが、中国や朝鮮でも「渡し箸」は行儀が悪いとされています。

以上でコラムは終わりですが、皆様いい暇つぶしになったでしょうか?

食の歴史その28~江戸時代のおかず番付その1~

14 7月

おはようございます。今日も皆さんの暇つぶしになればと願って、コラムを書いて見ました。

今回もはめこんだ画像をもとにコラムを書いていきます。

まずは幕末に書かれたおかず番付の画像を一つ。

ざっと見て何が何だか分からないでしょうが、参考文献「江戸のまかない」にて現代語に訳した上に補足説明がついたものがありますので、そこから抜粋しますと。

sannentakuan3sisosarabu19

まず、中央の行司の下に沢庵、梅干を中心にぬかづけ、なすび漬け、茎菜漬けと並び。

112daikokuhisior0b01333d5ac0f55b8a411b08c21f2dd5

その下の世話役にでんぶ、ひしお、ざぜん豆、味噌漬け、唐辛子。

zyunbokuhpph01main2

一番下の段には味噌、塩、醤油の三大調味料となっています。

katsuobushiikasiokara-big2 hawa3

その右には年寄の欄があり、かつおぶし、塩辛、佃煮、ごま塩となっています。

これらは現在でも日本料理の基本となる調味料や食材なので、幕末も今も大して変わらないものとなっています。

そして右側が野菜や大豆を使ったメニューの番付で、左側が魚など肉をつかったメニューの番付となります。

この番付は大関までしかありませんが、江戸時代は大関が一番位が高く、横綱は名誉職で番付外でした。

では、右の野菜メニューの番付から解説を。

ただし、全部は列挙しきれないので、それぞれ一部からの抜粋になります。

八杯豆腐

大関に「八はいどうふ」とありますが、これは水6杯と酒1杯を入れて、煮立ったら醤油1杯を入れて煮立てる、そこに絹ごし豆腐を入れて、豆腐がグラグラ動き出したところを、おたまですくいだし、これに大根おろしをかけて食べるというメニューです。

自分もこのメニューを作りますが、感想としては安くて簡単であっさりしていて美味しいメニューです。

大根おろしがなくても、この一品で酒のつまみにもなるだろうと思っています。

昆布と油揚げの煮物

昆布と油揚げの煮物

関脇は「昆布油揚げ」昆布と油揚げの煮物です。小結はきんぴらごぼう、これはコンビニにもありますので、説明する必要もないでしょう。

前頭筆頭は煮豆で、食物繊維の王様なのだそうです。

前頭二枚目は焼き豆腐を具にしたおすまし。

008760_2

前頭三枚目はひじきの白和え、ひじきの煮物に砕いた豆腐を和えたもので、海草と豆腐の取り合わせという長寿食のイメージがあります。

四枚目は切り干し大根を薄味で煮た素朴なおかず。

五枚目はサトイモの仲間、「唐の芋」の茎を使った芋がらと油揚げの煮物。

j3SLZfQY

六枚目は油揚げに醤油をつけてあぶるだけ、刻みネギをつけると酒の肴にもうってつけだったりします。

七枚目は小松菜のおひたし。

ここまでが四季を問わずに食べられるおかずで、次は四季折々のおかずの番付を。

春の部も一部抜粋しますと、油で炒めた豆腐、笹がきゴボウ、麻の実を入れた「けんちん」というすまし汁。

わかめに酢味噌をかけた「わかめのぬた」「ニンジンの白和え」

油揚げ、大根、シイタケを葛(くず)でとろみをつけた「のっぺい(能平汁)」

レンコンを酢味噌とサンショウの若芽で和えた「蓮の木の芽和え」。

「ほうれんそうのおひたし」「海苔とウドの吸い物」。

わらびとがんもどきを煮付けた「わらびがんもどき」。

「たんぽぽの味噌和え」たんぽぽはサラダにしても美味しかったりします。

夏の部の抜粋は「地元ナスうま煮」「ささげごぼうの和え物」「いんげんごまひたし」「そら豆煮付」。

他にも「茄子の刺身」ゴマ油で軽く揚げた「茄子の揚げだし」。「かぼちゃゴマ汁」「フキの煮付」。

花が落ちて10日ほどの若いへちまの実を食べる「へちま煮浸し」。

白瓜(しろうり)をらせん状に細長く切って塩につけて干した「かみなり漬け」

最後にとりあげるのは茄子をマツタケの形に切って炒め煮にした「まつもどき」などのように多少凝った料理もあります。

秋の部の抜粋は「若菜汁」「サトイモころがし」「ふろふき大根」「とろろ汁」。

豆腐にとろろをかけた「山かけ豆腐」。「焼きしょうが」。

水気を切ってくずした豆腐に味をつけて炒る「炒り(いり)豆腐」。「あんかけ豆腐」。

「長いもおでん」「山芋のぐつぐつ煮」。

冬の部の抜粋は「湯豆腐」「こんにゃくおでん」「納豆汁」「かぶ菜汁」「輪切りゴボウ」「こんにゃく白和え」「ねぎ南蛮」「こんにゃく刺身」「ごま味噌」。

0902n_03

大根、こんにゃく、コボウ、人参、豆腐などを入れた味噌汁で、旧暦の12月8日に、その年の農作業の終わりである「お事終い(おことじまい)」を祝って食べた「お事汁」。

他にも「うど白和え」。鍋に材料を入れて焦げ付かないように水分を飛ばす「こんにゃく炒りつけ」。

「切干し大根白和え」。

などなど、今でも通用しそうなメニューが沢山あります。

明日は江戸時代の魚を使ったメニューの番付を書いて見ます。

皆さんいい暇つぶしになったでしょうか?暇つぶしだけでなく、簡単なメニューもありますので、今日の献立の参考にもなれば幸いです。