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食の歴史その42~古代ローマの食卓その2 昼食編~

4 9月

おはようございます。今日も皆さんの暇つぶしになればと願って、コラムを書いて見ました。

今回もビジュアルでわかりやすくするよう、画像を多用します。

もともと、古代ローマ人の食事スケジュールは、朝は朝食を意味するイェンタークルム、正午近くにケーナという1日の主となる食事をし、晩に夕食を意味するヴェスペルナをつまむというものでした。

しかし、昼間は暑くて食欲が起きない事と、ローマの勢力が大きくなりギリシャの文化が入って影響を受けると同時に国が豊かになってケーナの内容が次第に豪華になり、ケーナの時間は夕方へ移っていきました。

こうしてケーナ以外の食事は軽食かおやつを意味するようになり、腹が減ったので仕方なくとか、仕事の合間の休憩などに分類されるようになりました。

ケーナで腹いっぱい食べるので。上流階級でもケーナ以外の朝食、昼食を粗食で済ませれば倹約が美徳とされていたので誇るべき事であり。上流階級は昼をパンとワインだけで済ませましたが、肉体労働している人たちはたっぷり昼食を食べました。

時代の移り変わりでヴェスペルナは消え、「2度目の朝食」を意味するプランディウムが導入されました。

古代ローマの人口は100万人以上あり、人口密度は東京23区の5倍以上という過密状態で。一軒家は1700軒ほどしかなく。殆どの庶民が住んでいた七階建てもある賃貸住宅のインスラは机と椅子を広げるのが精一杯で。ベッドを置くスペースが無いので、ワラを袋に詰めたものをベッド代わりするか、直接床に寝ており、水道は皇帝と仲の良いごく限られた人しか家に引くことが出来ず、台所のスペースがあまり無いのでバールという軽食屋またはファーストフード店に分類される所で昼食を済ませるのが一般的でした。

古代ローマ時代に最も多かった食堂の形態 バール

バールは入り口付近にL字型の長いカウンターが置かれ、テーブルと椅子は店の中だけでなく、現在のオープンカフェのように外にもズラりと並べ、大きい店のなかには中庭にも椅子とテーブルを並べ、沢山の客が飲食できるようになっていました。

古代ローマの軽食屋で出された代表的なメニューは豆の入った小麦の粥「プルス」で。それ以外の物を売ることを禁止された時代もありましたが。街頭でこっそり売っていたりと禁止の効果はありませんでした。

プルス以外で人気があったのは豚のゆで肉、豚のもも肉や頭の串焼き、ウナギ、オリーブ、イチジク、ソーセージ、魚肉団子、肉団子、サラダ、ローストチキン、野菜マリネ、ゆで卵、オムレツ、チーズなどが出されましたが。ローストチキンなど肉に火を通した料理を出す事は法律で禁じられていました。

ポンペイで発掘された竈とカウンター

ポンペイで発掘された竈とカウンター

古代ローマは現代の東京23区より過密していて火事が起こりやすかった事情から火を通して調理した肉を出す事は法律で禁じられていましたが。この法律を律儀に守る店はほとんどありませんでした。

共和制ローマの富豪で政治家のクラッスス

共和制ローマの富豪で政治家のクラッスス

そうした事情から厨房や暖房の火の不始末などで火事が起こると、ジュリアス・シーザー、ポンペイウスと組んで3頭政治を行ってローマを牛耳った人物の一人、クラッススは火事になった家の周辺の隣家が延焼を恐れて持ち家や建物・土地を手放すのをいち早く情報を仕入れた上でそれらを買い占め、その後に自らが雇っていた建築に携わる奴隷にそれらを壊させたためにローマの不動産の大部分がクラッススの所有物になったと言われています。

古代の消防用送水ポンプ

古代の消防用送水ポンプ

ローマのトップには何度も起こる火災を座視するだけでなく、初代皇帝アウグストス(紀元前63~西暦14年)は正式な消防隊を組織しました。

この消防隊には2250年前にエジプトのアレキサンドリアで発明された放水ポンプを台車に載せて町中の火消しにまわっていました。

火事の最前線に立つ危険な仕事であるため、奴隷が消防隊にあてがわれていましたが。奴隷が何年も寝ずの番をして消防隊に勤めると。晴れて自由市民になれるので、志願する奴隷が数多くおりました。

この消火用水はローマに引かれた上水道から使われており、この水は普段ローマに大小ふくめて1000軒以上あった公衆浴場に供給されていました。

ローマ市民は用事を午前中に済ませたら「シエスタ」、つまり昼寝をし、起きたら公衆浴場に出かけますが。公衆浴場は浴場、プール、トレーニングジム、マッサージ室、談話室、ゲーム広場、軽食屋などの施設が揃った健康ランドのようなもので入場料は現在の価値にして10円程度でした。

公衆浴場に入りますと。まずはトレーニングジムでレスリング、球技、槍投げ、円盤投げなど練習で汗を流してからマッサージ室で体をほぐしてもらい、それからいよいよ入浴。

入浴は低温サウナと高温サウナの2種類がありまして、体が温まったらプールでひと泳ぎします。

カリグラ帝

カリグラ帝

ちなみに水泳は帝王学の一環であったので、カリグラ帝に関して諸説ありますが、とにかく泳げなかった事が記録に残っているほどです。

プールから上がりますと談話室、ゲーム室へ行ったり。10円の入場料で食べられる軽食屋ではビスケット、油で揚げたスナック、野菜のマリネ、果物とドライフルーツ、肉団子や魚のパテ、ソーセージなどに舌鼓を打っていました。

繰り返しますが、軽食屋の食事は別料金ではなく。10円の入場料で食べる事ができ、不景気な時でも6皿の食事にありつけました。

公衆浴場に来る人たちは様々な思惑を持って訪れ。庶民は金持ちと知り合って豪華なディナーのケーナに招待されるのを期待して訪れ。招待されなければ、また10円払って別の公衆浴場へとハシゴしていました。

一方、元老院の議員や貴族などのケーナに招待する側にとって、ここで投票権を持つ市民を見つけて招待することは、立候補して投票してもらう際、知名度や人気を高める上で意味のあることでした。

以上で古代ローマ人の昼食に関するコラムは終わりですが、次は古代ローマの晩餐を書こうと思います。

皆さんいい暇つぶしになったでしょうか?

食の安全その1~アメリカの食中毒と縦割り行政~

21 6月

こんばんは。今日も皆さんの暇つぶしになればと思ってコラムを書いてみました。
携帯やスマホで見る人もいるかと考え、あえて画像は載せていません。

日本では新聞やテレビで役所の縦割り行政の話をすることがしばしばありますが。
この縦割り行政の弊害は日本だけでなく、アメリカにもあったりします。

アメリカでは12の政府機関が食品衛生と安全に関わっており。議会の28の委員会がこの政府機関を監督しています。

所属する省庁も利益も異なる役人が介在するため、食品安全製作の運用に混乱や格差がみられ、不合理な事も数多くあります。

農務省は屠殺(とさつ)した牛には細菌検査を行う権限がありますが。食肉加工場から例えばBSEなどに汚染された牛を排除するために生きた牛を検査する権限がありません。

冷凍チーズピザの製造は、食品医薬品局が取り締まっていますが。このピザにペパローニを載せると管轄が農務省になります。

卵は食品医薬品局が取り締まりますが。卵を産む鶏は農務省の管轄で、この二つの役所は縦割り行政の弊害で連携ができず。サルモネラ菌に感染された卵を取り除く努力が阻害されています。

オランダやスェーデンでは卵の雑菌をほぼ完全に取り除いていますが。アメリカでは年間50万人以上が卵で食中毒になり、年間300人以上がその食中毒で死んでいます。

「ファストフードが世界を食いつぶす」の著者、エリック・シュローサーはアメリカの食品衛生全般を一手に引き受ける役所を作り、徹底的に検査する権限も与えるべきだと主張しています。

エリック・シュローサーの著書では。農務省は農業の促進と監視の二つの業務があるが、両立しえないと主張し。

もう一方の食品医薬品局も病院や薬屋で手に入る医薬品の監視に予算を殆ど使っており。
食品医薬品局の検査官が食肉加工場に訪れるのは平均して10年に1回のみ。

こんな状況なのでアメリカに20万も店舗があるファーストフード店の食品衛生は全く監視されていません。

このせいで悲惨な事が発生しました。
1993年シアトルの病院で血の混じった下痢便のために受診する子供が急激に増えた事に医者が気づきました。

以前は珍しかった「溶血性尿毒症症候群(HUS)」という、腎臓を破壊する病気にかかった子供もいました。

そこから保険職員がすぐに、集団食中毒の原因が地元のジャックインザボックスで出された生焼けのハンバーグであることを突き止めました。

問題のハンバーガーパテを調べたところ、牛を解体する食肉加工の段階で無理して大量生産させた結果、製造ラインの速度が速すぎて雇われた大勢の不法移民がラインのスピードについていけず、誤って胃腸を傷つけ、そこから出た未消化物や糞便が混じった事が原因とされる大腸菌O-157H7が含まれる事が判明しました。

ジャックインザボックスはカルフォルニアのヴォンズ社が製造した汚染ひき肉の回収を、すぐさま宣言しました。

しかし、時既に遅く。少なくとも4つの州で700人以上がジャックインザボックスのハンバーガーを食べて病気になり、200人以上が入院し、4人が死亡しました。

この食中毒の被害者のほとんどが子供でした。

最初に発症したうちのひとり、ローレン・ベス・ルドルフは、クリスマスの1週間前にジャックインザボックスのハンバーガーを食べて1週間後のクリスマスに入院。

ローレンは入院中、激しい痛みに苦しみ、3回心臓発作を起こして1992年12月28日、母親の腕に抱かれて息を引き取りました。

ローレンはまだ6歳でした。

こんな惨事が実は80年代にマクドナルドでも起こっていたにも関わらず、アメリカの農産物の生産、流通、加工、貿易など食に関して多岐にわたって携わるアグリビネジネスの大企業とファーストフード大手は政治家に多額の政治献金をしたおかげで。
「農産物名誉毀損法」
という恐ろしい法律を2001年の段階で13の州に制定させました。

この法律は”正当”な科学的根拠も無しに農産物や食品を批判してはいけないという法律です。

この”正当な”は食品関連の大企業から献金や天下り先を約束されている人たちが決めますので。
消費者にとって公平な判断が出来るのかどうか疑問です。

ドキュメンタリー映画「フード・インク」では。O-157などの細菌が混じった食べ物を食べた子供が死んでしまい。遺族が製造元を批判したところ、大企業から名誉毀損などで訴訟を起こされてしまい。カメラの前でも遺族は、また訴訟が起こされないかビクビクしていたようで歯に物が詰まった物言いでした。

こうやって大企業への批判を圧殺する手口を「まるでソ連の人民委員だ」と例えられてもいます。

日本の食品行政は不勉強なので、わかりませんが。アメリカみたいに杜撰で無い事を願うばかりです。

それと、アメリカから輸入された物もちゃんと検査されている事も願うばかりです。

以上でコラムは終わりですが、いかがでしたでしょうか?

皆さんのいい暇つぶしになったら幸いです。