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食の歴史その32~ホテルやレストランの「バイキング」のルーツ~

19 7月

こんにちは。今日も皆さんの暇つぶしになればと願ってコラムを書いて見ました。

今回は画像が無いので、携帯やスマホからも見やすいかと思います。

 

ホテルの朝食では好きなものを好きなだけ食べてよいバイキング形式が無駄の無い食事法であり、ホテル側にも利用者側にも好都合な形式です。

言うまでもなくなくバイキングは「入り江に住む人」の意味で西暦700年代から1000年代までイギリス、オランダ、フランス、ロシアなどへ積極的に進出し、中には地中海に入ってイタリアの南にあるシチリア島に王国を築いたり、東ローマ帝国やイスラム帝国とも盛んに貿易をしたノルウェー、デンマーク、スウェーデンの人たちを指します。

話がわき道に逸れますが、映画にもなったロビン・フッドはフランスのノルマンディーに定着したバイキングの末裔がフランスからイギリスへ上陸して征服したノルマン王朝の時代のお話で、十字軍で活躍したイギリスのリチャード獅子王もノルマン王朝の系譜の人です。

話を戻して、バイキングは船首につけた飾りから「ドラッガール(竜)」、「スネッカール(蛇)」と呼ばれる幅5メートル程度の船を操り、沿岸地域のみならず、ロシアの川を遡って中東まで向かい、西にはアイスランド、グリーンランドまで殖民したりと広範囲で活躍した民族で、アメリカの東海岸をコロンブスより数百年早く発見したという説もあります。

このバイキングたちの故郷である北欧は寒さのために収穫の少ない麦が貴重品で、パンを薄く切ってバターを塗り、50種類の多種多様な具を乗せ、酒を飲み、談笑しながらずっと日の沈まない白夜の夜を楽しむ習慣があります。

スウェーデンではそれを「スモーガスボード」と呼びます。

「スモーガス」はバターつきパンを意味し、「ボード」はテーブルを意味します。

この北欧独特の食事に目をつけて日本にこの「スモーガスボード」スタイルとも「ビュッフェスタイル」とも言われる形式を日本に持ち込んだのは東京は帝国ホテルの犬丸徹三社長でした。

彼は、1957年の北欧視察の時に、「スモーガスボード」の方法に接して関心し、日本に取り入れました。

この食事形式のネーミングは帝国ホテルで社内公募され、時同じくして日本でも上映されていたカーク・ダグラス主演の映画「ヴァイキング」の中に、船の上で飲み放題、食べ放題のシーンにヒントを得て「バイキング」という名前が採用されました。

この短いコラムを書いていましたら、ある意味お惣菜がバイキング形式で選んで買えるオリジン弁当にでも向かい、海老とブロッコリーのサラダとポテトサラダなどを好きなだけ取って買い、今日の夕食のおかずにしようかと思います。

今日はこの辺でコラムを終えますが、皆さんいい暇つぶしになったでしょうか?

最後に映画「ヴァイキング」の映像をYou Tubeから、

英語が分からなくても映像見ていると何となくわかります。そこが映画のいいところですね。

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食の歴史その22~ハネムーンと蜂蜜酒~

3 7月

おはようございます。今日も皆さんの暇つぶしになればと願って、コラムを書いて見ました。

今回、画像はありません。

2300年ほど前にアレキサンダー大王の軍勢がインドまで遠征し、

「インドにはミツバチ無しに出来る蜜があった」

とサトウキビの存在を伝えました。

この砂糖は900年ほど前に始まった十字軍が中東に遠征した頃から、ヨーロッパに広く知られるようになったが、それまでのヨーロッパの甘味はもっぱら蜂蜜でした。

ヨーロッパでは1万年前から蜂蜜を採取されていたとされており、スペインにある、およそ9000年前の洞窟に「女性の蜂蜜狩り」の壁画が残されています。

蜂蜜は水で薄めておくと簡単に発酵するので、蜂蜜酒が自然作られました。

イタリア、フランス、スペイン、ギリシャなどのワイン文化圏をより北の地域で最初に作った酒も蜂蜜酒だとされています。

ジューンブライドが6月となると、ちょうど7月は新婚早々のハネムーンの最中となりましょうが、2000年近く昔の北欧でハネムーンの語源が生まれますが、それは「隔離」を意味していました。

その昔、北欧や北ヨーロッパでは略奪婚が行われており、花嫁を近くの村から略奪した男は彼女を連れてしばらく身を隠さなければならなかった。

安全を確保するために居場所は新郎の付添い人以外の誰にも知らせず、花嫁の家族が捜索を諦めるまで、自分の村に帰らず隠れていた。

これが民俗学者のいうハネムーンの始まりです。

それからやがて部族の上流階級が1ヶ月間「ミード」と呼ばれる香料、薬物を添加した蜂蜜酒を1ヶ月間、毎日飲み交わした。

この蜂蜜酒は特にゲルマン人たちに親しまれ。ゲルマン神話、北欧神話、またはそのごの散文物語で蜂蜜酒にちなんだ話が出てきます。

これらゲルマン、北欧神話などから蜂蜜酒にまつわる話を2つ3つ出してみますと。

神話では蜂蜜酒が飲むと詩人と賢者になれる神秘的な酒でありました。これを最高神オーディンは巨人族の王が所有する神秘的な蜂蜜酒を盗み出して詩と知恵の守護神となったという物語がアイルランドの神話エッダで語られています。

蜂蜜酒は神々、英雄たちの飲み物として欠かせないものでした。

ヴァイキング・サガ(散文物語)では、

「黄金の経てで作られた屋根の下、大広間で豪勢な饗宴に列座して絶えず神のイノシシ肉を賞味した。飲み物は沢山の樽に詰まった甘い蜂蜜酒、お酌をするのは戦いの女神」

という一節があったりします。

では、神話でも飲まれている蜂蜜酒がどんなものかといいますと、蜂蜜に大麦を加えて発酵を促進させていまして、「あわ立つ蜂蜜酒」という言葉が出てきますので、発酵を止めずに飲んでいたらしいです。

一般農民には高値で非常に貴重な蜂蜜の甘さによる舌の喜びとされていますが、上流階級の饗宴では湯水のように飲まれ、生贄の儀式で位の高い人を生贄にするときは「蜂蜜酒の樽の中に浸して殺された」というくらい大量に作られていました。

1500年以上前にローマ帝国に東から攻め込んできたフン族のアッチラは西暦450年、ローマ皇帝の妹と結婚したが、その祝宴の席蜂蜜を蒸留してから香料と薬品を添加したミードを知り、大いに気に入ってジョッキでガブガブ飲んだ。

それから三年後、別の女性との結婚式の祝宴で再び蜂蜜酒のミードが出され、アッチラはまたガブガブ飲んだが、ついに意識不明で死んでしまう。

このアッチラの死は蜂蜜酒のミードは香料と薬品をいれるものなので、その薬品に毒を入れて殺したのでは?という話もあります。

北欧やゲルマン人の生活に必須であった蜂蜜酒もワインを知ることによって次第に飲まれなくなっていきますが、現在でもドイツの自然食品店特店や特定の薬局で食事用とデザート用の2種類が売られています。

この蜂蜜酒のアルコール濃度は11~12%で、ドイツではハネムーンに飲まれることは無く、カーニバルや村の祭り、古代ゲルマン風の特別ディナーの時などに飲まれるとのことだそうです。

現在売られている蜂蜜酒のデザートワインを飲んだ方の感想では、甘い以外に特別の風味を感じなかったそうです。

ちなみに、スイスのホテルでバイキング形式の朝食を食べられた方の話では、ジャムと一緒に蜂蜜の壷が並んでおり、それぞれ「花」、「アカシア」、「牧場」、「アルプス」、「菩提樹」など同じ蜂蜜でも様々な種類から選んでいるとのことです。

最後に酒を多人数で飲む時は乾杯をしますが、英語ではスコールと言います。

スコールの語源は古くはバイキングの時代に、殺した敵の頭蓋骨を杯にして酒を注ぎ、勝利を祝った名残とされています。

英語で頭蓋骨をスカルと言いますが、これはフランスのノルマンディーに住み着いたバイキングがイギリスに攻め込んで征服したノルマン王朝(1066~1154年)や、デンマークとイギリスの王を兼務していたカヌート大王(1018~1035年)など、バイキングの末裔に支配された時代の名残りかも知れません。

今日のコラムはこれで終わりですが、いかがだったでしょうか?

いい暇つぶしになれば幸いです。